さきこ先生(あま市甚目寺観音さんから3分のピアノ教室)

 あま市甚目寺観音さん近くの「ぴあのすく~るSan's」にて、幼児~成人までのピアノ演奏指導と、保育者を目指す方、現場で働く方、再就職などを目指す方への保育ピアノ指導をしております。

 2006年に発足した「全国生涯学習音楽指導員協議会 愛知支部」(旧生涯学習音楽指導員研究会ネットワーク・愛知)に所属、現在支部役員として活動しています。
2017年、生涯学習音楽指導員A級認定。

ピアノを続ける中学生・高校生とその保護者、指導する先生を応援するメールマガジンを執筆、(現在発行は不定期です)

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私たちのこと

1回目のMCでもお話しましたが、らびちゃん(佐藤さん)と、私(中塚)は、小~中学生時代の同級生です。クラスが同じになったことも何度かあります。 佐藤さんとは小学生時代、同じ先生にピアノを教えてもらってて、~なぜ教室と書かないかというと、私たちは先生のご自宅にレッスンに行っていて、先生が教室という体裁をとっておられたかどうか覚えていないからです~「そこそこ上手なピアノを弾く子たち」でした。当時はね。 よくある話だけど、らびちゃんは中学に入るときにレッスンをやめちゃって、私はしつこく通い続けてました。だけど私も当時「そこそこ上手なピアノを弾く子」でいいって思っていました。まさか自分が音大を受験するとか、ピアノの先生になっちゃうとか、全然思ってなかったんです。 家も近所っちゃ近所だし、なんとなく波長も合って、高校が違う学校でもなんとな~く会って話をしたりしてました。 そこそこ仲はよかったんですが、高校はバラバラでした。 私は高1の時、クラスにとけ込めなくて、部活の吹奏楽をしてなかったら不登校まっしぐらだったかもしれないくらい病んでました。今でいう中二病的な部分もあったし。 そんな時に、昔から知ってるらびちゃんと話すのは気が楽になった。 高校時代まで読書好きで、文章を書く仕事か、本屋さんとか、出版社とかに勤めたりできたらいいなってなんとな~く考えていた私が、まさかの音大受験となり、受かってしまって、らびちゃんは勉強も割とできたけど地元の女子大に進学しました。 逆に、そこから私たちはよく会うようになった。1つは、うちの母が教えているお花の教室に彼女が入ってきて、それまでほとんどお稽古してなかった私もお花位はと思って始めたからなんです。 そして、彼女が入っていた大学のマンドリンクラブでピアノパートが必要な曲をやることになり、何もかも初めての経験をしました。マンドリンという楽器は、高校時代にマンドリン部があったから知ってたんですが、やってたのはチャゲアスとか長渕とか松山千春とかフォーク色が強い曲が多くて、マンドリンってそういう楽器って思ってたんです。マンドリンのための曲があったりするのも知らなかった。 この経験は、私にとってとても貴重な、とてもよい経験でした。 それから、私たちは大学を卒業し、私は大手音楽教室の講師になり、らびちゃんは大学の事務の仕事につき、時々お茶して、という生活が続きました。結婚したのも、最初の子が生まれたのも、偶然とはいえほぼ同時期。でももしそうでなくても、きっと友情は続いていたと思うけれど、今のような関係性とはまるで違う関係性を築いていたのではないかと思います。  小学生の頃からすっと変わらないのは、二人でいるときのゆるくてまったりした空気。それだけは本当にありがたいなって思っています。こんな二人の奏でる音楽、楽しんで頂ければと思います。

「はじめて」があったからこそ

2017年 12月 2日。「らび♪ぱん Winter Concert」の当日でした。このコンサートへの思いは以前書いたことがありますが、実際に形になり、終わってみて、感じたことというのはまとめていなかったかもしれないので書いてみようと思います。 私たちは、「らび♪ぱん」というユニット名をつけてから、当日まで、どんな形が生まれるか、実はよくわかっていませんでした。道なき道を踏み出すようなものだったからです。 ですので、とても肩に力が入っていた部分もありました。 終わってみて。やってよかった、と、心から思えました。あの時の幸せな気持ちは、その後何日も続きました。 そこで、終わりにしないのが私たちなのかもしれません。もう、次に何やりたい?こんな曲どう?そんな話が出てきたんです。 同時進行で多くの曲を仕上げていく苦労は、やってみてわかりました。しかし、それは苦労ではあるけれど苦痛ではない。苦痛にならないうちは続けようと思いました。「さくらConcert」の企画も、私たちがやりたいことなので苦労は相変わらず多いですが、それすら楽しんでいます。ただそれはやはり「はじめて」があったからなんだな、と、1年前のことを思い起こして改めて感じました。

会場選定うらばなし

 1月の私の教室の発表会での演奏が終わり、お疲れ様会をしたときに、第二回目の話が出ました。 それ以前、12月の第一回コンサートのあとから、「次はいつですか」という質問を時々、受けることがあり、どのような形にするか、時期はいつか、ということをうっすらと考えていました。 私たちのユニットはピアノが入っているため、会場選定の条件が「ピアノが設置してある会場」なのです。第一回で使用した「フィオリーレ」はとても好きな場所なのですが、次はあえて、違う場所でやるのもいいかもしれないな、と思ったんです。 私はピアノ弾きの性分で、ピアノが置いてあるお店やスタジオなどの写真をネットで見たり、チラシや雑誌を見るととても気になるのです。ピアノの先生としても、可愛い生徒ちゃんたちにこんなところで演奏して欲しいと思って常に場所を探しているため、半ば職業病のようなものでした。 そんな矢先に、全然関係ない検索結果から「百花百草」を見つけました。HPの写真を見て、とても気になりました。 最初に、どんなところか見てみたいと思って、2人で「百花百草」を訪れたのが2月でした。お天気がよく、冬の花が花壇に咲いていました。採光がよい小スペース。 その場所に足を踏み入れた途端、私の頭の中がスパークしました。電光石火みたいに、その場所で演奏する曲が浮かんできたんです。「ここで、やってみたい」 その思いは、相方らびちゃん(佐藤さん)も同じでした。 会場の予約に行った4月のはじめ。花壇には、咲き乱れるチューリップ。予約状況をお尋ねしたら、私たちが第三候補にしていた日程が偶然、空いていました。 これはもう、引き寄せの力としか言えない、と、体が震えました。  この写真は、そのときのもの。